2026/01/08

極私的個人出版へ 3 本はモノ

極私的個人出版の結論がネット印刷に発注すれば良い、では身も蓋もないがコストやテクニカルな問題はそれでOKということになる。情報発信だけならネットを使うのが最も効率的で「紙に印刷」することの意味はあまりなさそうだが、本はモノだから情報という言葉だけでは片付かない何かがある。自分が作った本=モノが他の人のモノになることの喜びというものが本の存在にはある。情報が届けられたということとは違う価値だ。

高齢になると本が邪魔になってくる。山積みされた本棚は生きている間は知的演出にはいいが、死んでしまえば家族には邪魔で迷惑だ。その価値を感じてもらえればいいが、そうでなければゴミになる。本に限らずモノとはそういうものだ。人さえも死んでしまえば処分(弔いというべきか)の対象でしかない。

存在することは哲学的意味よりも物理学的意味の方が重要だし現実的。情報は「フムフム」と納得したり否定したりで終わるが存在するモノは理解されようがされまいが、手を加えない限りそこにあり続ける。本=モノとはリアルな「出来事」なのである。

極私的個人出版は情報とかメディアとかではなくて、「モノを発生させる行為=出来事」と考えた方が面白い。「意味」とか「読む」とかにこだわる必要はない。わけのわからないものを「作る行為=出来事」として出版を捉えるほうがもっと自由に楽しめそうだ。

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