2025/10/26

Jupiter3を使いたい

RICOHのGXRとMOUNT A12をネットの中古カメラ店で注文した。GXRは2009年に発売され今は販売終了しているデジカメ。デジカメといってもシャッターボタンや各種操作スイッチ、背面液晶画面があるだけで、センサーもレンズもないカメラだ。これに別売りのレンズユニット呼ばれるセンサーとレンズが一体となった部品を接続して、はじめてカメラとして機能する。センサー+レンズを別物とすることで様々なサイズのセンサーやレンズに取り替えられるのだ。画期的だったが市場的にはパッとしなかったようで、6種類のユニットが用意されたものの2014年には販売終了となった不運(?)なカメラだった。

MOUNT A12というユニットはその中でもとくに変わったユニットで、APS-Cサイズのセンサーは付いているもののレンズはついていない。レンズが無いかわりにLEICAのMマウントが取り付けられている。それによってフィルムカメラ時代の様々なオールドレンズをが使えるようになる。LEICAのMマウントは1954年に発表され、その後現代に至るまで他のメーカーにも採用されさまざまなレンズが生まれている。

2000年にコシナというカメラメーカーからMマウントを搭載したVoigtlander BESSA-Rという廉価なレンジファインダーのカメラが発売され、高価な LEICAなど買えない身としてはそれでもレンジファインダーの使い心地を知りたくて早速購入した。Voigtlander名義のレンズもいくつか購入してレンジファインダーの独特なピント合わせは面白かったし、写りも素晴らしかったのだが、今ひとつ面白みにかけていたというか、やっぱりレンズも古いLEICAのレンズを使ってみたくなったけれど、これまた経済的に無理だったので、Zeiss Sonnarのコピーといわれていた1950年代のロシア製のレンズを物色。その中でも焦点距離50mm/f1.5のJupiter3、f2のJupiter8を手に入れた。価格も1万円ちょっで懐にも優しかったが、今どきの精細な描写をするレンズとは違い、ソフトフォーカスのようなレンズの収差が印象的で「記憶に残る写真」を写すことができた。それもあってデジカメに移行しフィルムカメラを全て処分したあともそれらロシアレンズだけは残していた。

とはいえデジカメでMマウントが使えるカメラはエプソンのR-D1(これもすでにディスコン)を除けばライカ以外に無く、Mタイプのデジタルライカなど購入できる余裕もない。もちろんMマウント変換用のアダプターを介せば今時のミラーレスカメラで使うことはできるし、フルサイズのセンサーならライカ並みに映るとは思うが、そのマウントアダプター挟まったカメラの風景がかっこ悪くて(マウントアダプターの長さがあるのでその違和感が目立つ)食指が動かなかった。

MOUNT A12はMマウントでそのままチープなロシアレンズが取り付けられる(古いロシアレンズはLマウントなのでLM変換用のアダプターは必要になるが)。しかしセンサーがAPS-Cサイズなので35mmフルサイズのレンズの中心部しか使えない。それはロシアレンズの難点でもある周辺の収差がカットされてしまう利点でもあるが、その収差が楽しめないのは残念……なのでずっと躊躇していた。

それがなんで今になって手に入れることにしたのか……自分でもよくわからないのだが、人生が残り少なくなって「残りの人生でやってみたいこと」はそのくらいのことしか思いつかなかったから……のような気もする。何をやったところで死んでしまえばすべては雲散霧消、何もかも消えてしまうだけだ。つまりは人生に意味などないのだから、意味のあることだろうが意味のないことだろうが同じことで、死ぬまでの時間に無意味でも無駄でもいいから好きなことをやっている、というのが正解なのかもしれない、と思ったわけだ。

現実的には引きこもりがちな日々から抜け出す口実になるとも思った。左足が不自由になってからすっかり動かなくなってしまった。出かけるとしてもクルマで移動してしまう。ふっと思い立って、元気な頃にロードバイクで頻繁に訪れていた郊外の公園を調べたら身障者手帳を提示すれば無料で駐車場を利用できることがわかった。もう自転車には乗れないがクルマで公園通いは再開できるかもしれない。そのお供に思い出のレンズを使ってみる、と考えてみたらほんの少し心が動いた。無駄金なのかもしれないが無駄なことをする時間ももうそんなには無いのだから。

0 件のコメント:

コメントを投稿