遅まきながら藤井風にはまって過去のYouTubeを観まくり、 TSUTAYA(最近はSpotifyはほとんど聴かない)でCDを借りたりして聴きまくっていた。世間で言われているように素晴らしい才能の持ち主だとあらためて感心したが、あのスピード感と濃厚さは老人には刺激が強すぎるところがあって聴き疲れする。で、ここんとこはユーミンの荒井由美時代の曲を聴いたり坂本龍一の最期のアルバム「12」を聴いたりしてゆっくりした情緒(あるいは諦観…)に浸っている。
Xのコメントの多くは強い(激しい?)言葉の売り口上だったり、いわゆる承認欲求や、知識自慢、政治批判、デマ拡散、論破の投げ合いばかりでうんざりしているが、まだ止めるところまではいっていない。やめたって何も困らないと思うが踏ん切りがつかない。ストレスにしかならないのに。
政治家も行政もちゃんとやっている人はいると思うが、表に出てくる話はうんざりするような事柄ばかりで「日本は終わってる」なんて安易な言葉が頭をよぎる。国というのは国民の安全安心を保障し、豊かな生活を目指すのが王道だと思うが、今の日本にそれは期待できない。どころか生活は苦しくなるばかり。この先どんな日々が待っているのか考えれば憂鬱になる。
格差が明確になってきた。大企業の収益や資産家の経済と給料が下がるばかりの庶民の経済ををごちゃ混ぜにして、経済指標をあらわすなんて何の意味もない。ただただ格差が広がっていくばかりだ。
諦観と書いたが、達観なんてできるはずもなく「あきらめ」しかない。リスペクトしていたたくさんの先人、先輩たちは死を前にして何を思っていたのだろうと、そんなことばかりを考えている。自殺願望なんて無いが死は間違いなく刻々と近づいていることは実感する。
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