2025/05/17

科学的に考えられないと

雨。寒くはない。

最近人気の政党が参議院選挙を目指して候補者を発表した。以前他党から立候補した有名人だ。だが彼は反ワクチンの煽動者であったり、宇宙人と対話したとかいう困った人で、そんな非科学的で反社会的な人物を候補者にするのはとんでもないと政党支持者から党への批判が相次いでいる。

批判はもっともな話だと思う。その党は科学的な判断ができることを謳っているから、そんな候補者はダメだろう。党首はその立候補者とちゃんと話し合い、本人には反ワクチンではないといっているし党の規定にも従うことを約束していると発表して批判を交わそうとしているが、党の支持者はそんなものは信用できないし、その候補者は反省も釈明もしていないとさらに批判を浴びている。

この騒動はもっともなことだと思うがしかし、キリスト教の最高指導者、教皇が亡くなったことや新たな教皇が決定されることを無批判に大手メデイアが報道しているのを見るにつけ、神の存在を信じているのと宇宙人の存在を信じているのとどこがどれだけ違うのかと思ってしまう。どちらも非科学の極みではないのか(その人物が良い人か悪い人かということとは別の話)。科学は人類が失敗を繰り返しながら切り開いてきた道だ。世界で唯一信頼に足る(再現性のある)世界観である。

科学ではまだ解明できないことは山ほどあるが、だからといって想像や妄想で生み出された世界(再現性のない世界、あの世とか天国だの地獄だの)を真実だ思い込んでいるのは非科学的すぎる。個人の中で勝手に思い込んでいる分にはかまわないが、検証できないことは共有できないし社会性はない(社会化すると専制になる)のだから、そんな人が社会に影響を与える力を持つのは危険だ。

宗教や自分たちだけの正義がどれだけ多くの人々を傷つけ、殺戮してきたか。

信頼の第一歩はまずは科学的判断(再現性と論理的で社会的な承認を得た判断)ができるかどうかだ。

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